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屈辱

Category : 中学校

中学校に入ると英語が始まる。

私が中学生の頃なんて、
今のように英語を習っている子も少なく、
それこそ、ちょっと聞き慣れない発音で
「スタンダップ!」なんて言おうものなら、
クラス中にクスクスと笑われたりしたものだった。

もちろん、私も英語なんて中学校に入ってから
初めて習ったから、ABCくらいは知っていても
戸惑う事も多かった。

そんな中、1年生の時の英語の先生が
とんでもなく怖かったのだ。

初めての授業で、先生の発した言葉。
「グッモーニン!」

その言葉を聞いて、クラス中が笑った。

しかし、その先生は生徒達に恐怖心を
植えつける事で、自分と自分の英語に対して
笑わせる事をしないように仕向けていった。

初めての英語、初めての先生。

その先生の何が恐ろしいかって、
とにかく人間的じゃない。

発言して失敗すると、ことごとく
皆の前でバカにした。

男性でベテラン。
当時50歳は絶対過ぎていたと思う。

教室に入るや授業を始める。
無駄話はしないしさせない。

授業中にあてるのは席順。

廊下側からとか窓側からとかね。
そして、ちゃんと続きをチェックしている。
次の授業は、忘れずに続きからあてていく。

そんな恐怖の中での英語の勉強だ。

だって、自分の前の人で終わったら、
次は自分からあてられるんだよ。

あるいは、
もうすぐ自分だとか思わずにはいられない状況。

緘黙児にとって、皆の前で発表する事が
どれだけの恐怖か。。。

そして、それがいつくるのか分かっている状態。

恐怖以外の何者でもない。

明日の英語はあてられる・・・と思っても
休む事なんて出来ないんだ。



そして、ついに、
恐怖の中の恐怖が起こった。



その日は、私の数人前の人からあてられた。
その日の授業中に必ずあてられる位置に私はいた。

ドキドキドキドキ。

いや、ドキドキなんて表現では
表現しきれない程の緊張と恐怖だった。

その日は、教科書についている
英語の歌がメインの授業だった。

私があてられる番になった。

英語の先生は何を私に求めたのか。

「この歌を唄いなさい。」

歌を唄えだ。

誰もが知っているあの歌。

「ABCDEFG~♪HIJKLMNOP~♪」ってやつ。

ただでさえ、あてられる事が恐怖で
緊張もしているのに、皆の前で唄えだよ。

私は、その時、唄う事の恐怖より、
あてられた事の恐怖と先生に対する恐怖が大きかった。

そして、その怖さに負けて歌を唄うしかなかったのだ。

私はそれまで、ABCの歌なんてちゃんと唄った事も
ないし、練習した事もなかった。

だけど、知り得る限りその歌を唄った。

クラスの皆はシーンとして聞いていた。
もちろん先生も。

その時、その先生は私が学校で喋れない子だって
認識はあったのだろうか、さっぱり分からない。

生徒との交流の殆どない先生だったから、
知らなくても不思議は無い。

唄い終えた私に対して先生は、
「ハイ、次。」と言っただけだった。

私の唄った歌があっていたのか、
間違っていたのか。

それすらも分からない。

私が唄った事に対して、何の反応もなかった。

そして、更に私がどん底に
落ちるような事が起こった。

「ハイ、次。」とあてられた
私の次の生徒。

あてられてのに、黙っている。

唄わないのだ。

先生:「どうした?」
生徒:「・・・・・・」
先生:「唄えないのか?」
生徒:「・・・・・・」

先生:「ハイ、次。」

なんと、黙り込んで唄わない生徒を飛ばして、
先生は次の生徒をあてた。

私は、それまでのその先生のやる事から考えて、
あてられたら、逃げられないと思っていたから、
頑張って唄ったのだ。

それなのに、なんで飛ばすの?
唄わなくてもいいの?
なんで?なんで?どうして・・・。。。

私は怒りよりも悲しかった。
絶望に近い、どん底の悲しみだ。

そして、次にあてられた生徒も同じく、
無言を続け、ついには飛ばされた。

その後、あてられて唄った生徒は居ない。

つまり、その時あてられて唄ったのは
私だけだったのだ。

何という事態だ。

緘黙児は唄った。なのにどうして?

どうして?どうして?どうして?と
いつまでもグルグルと渦巻いていた。

私はもう誰も信用する事ができなかった。

クラスの皆が私の敵になった。
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テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

コメント

信じられない先生です。

だんだん読んでいて腹が立ってきたわ。
我々の現役中学生の時代には、こうしたスパルタ教育者は、寧ろ是認されていて、
まだまだ多数派だから、教育界もすったもんだしてると思います。大学院で集う先生たちにも正直のところがっかりしています。
結局、先生って世間知らずのお山の大将だから、自分のしたことに罪悪感さえないんだろうと思います。こうした声にならない声をあげて、がんばっていこうね。

こんばんは~。
読みながら、私もだんだんドキドキしてしまいました。私にも経験あるなあ・・・授業で歌わされたこと。私は恐怖で最後まで歌えなかったけど。。

その英語の先生、気が短い人なんだろうなって印象を受けました。だから短気でもあるし、「(歌わないんだったらもういい。)次の人。」っていう感じだったのかな?って。

でも、野ウサギ。さんは歌ったんだよ。歌えたんだよ。みんなが出来なかったことをやることが出来たってこと、すごいなって思います。

それにしても、自分勝手な先生ですね。自分の気まぐれで授業を押し進めていくなんて。全ての生徒に対して平等な態度で接するべき立場の人間なのに!

いろいろ書いてしまいましたが、私が野ウサギ。さんの立場だったら、やっぱり屈辱を感じただろうと思います。肯定も否定もできない緘黙児の辛い現状がそこにあったのかなって思います。。

ゆきんこさんへ

ほんと、昔ってこんな先生多かったなあ。
そんな中で、若くて生徒とも友達感覚で接してくれる先生は光って見えましたね。そんな先生は緘黙児にとって少しだけいい影響を与えてくれました。また日記に書きますね。

るいさんへ

今思い出しても、私よく唄ったなあってびっくりしちゃうよ。でもその時の、はちきれそうな緊張は今までに味わった事のない、今までの人生の緊張度の中でもMAXだよ(涙)。

その時、他の子も唄ってくれたら多少は救われたんだけど、だれ一人歌わなかったから、やっぱり私って一人ぼっちなんだって思わずには居られなかったv-406

突然ごめんなさい。
私がその時野ウサギさんの後の席にいたら絶対に唄わない。
ってか声が出ない。とてもじゃないけどそんな時に唄う気なんてしない。
その先生のやっている事が人としてやってはいけない踏みにじってはいけないものを踏みにじったんだって本能的に感じるから。
中学生はバカじゃない。心に飛び込んできた不快感や、何が正しくて何が間違っているか言葉に表すことはできなくても、教師を弾劾する勇気はもてなくても、自分のなかにある気持ちがなんなのか
自分でさえもわかっていなくても、それでも本能で直感的にこの状況が間違っていると感じとるくらいできる。
普段喋れない野ウサギさんのことをクラスの皆は知っていた訳で
そんな野ウサギさんが唄わなければいけなかった心の痛みを、クラスの人達だって思わず感じ取ったんじゃないかと思う。
無意識のうちの、無言の抵抗だってまじっていたかもしれない。
上から目線の憐れみなんかじゃなく、純粋に野ウサギさんを可哀想と思ったんだよ。
そしてそんな汚い大人がいることが悲しかったんだよ。
逆にそんな状況で唄える子なんて、先生のご機嫌取りのいい子ちゃんぐらいなんじゃないの。
教師が野ウサギさんをとばすか何かしていたら、後の席の子達はABCの歌ぐらい唄えたのかもしれない。
それは結果的に野ウサギさんに辛く・一人ぼっちだと思わせてしまったけど、クラスの子達は野ウサギさんが必死で唄っている瞬間に、野ウサギさんの心に寄り添っていたんだと思う。
だから私が言いたかったのは“一人ぼっちに感じたんだけど、それは本当に一人ぼっちじゃなかったかもしれないよ”ってことです。
そういう子供に無言のプレッシャーや怯えを植え付けないと子供に接せれないその教師が、教師としては最低糞やろーだったということ。
過去の古記事ひっぱりだしたうえに文章が乱暴・超長文でごめんなさい。

星屑さんへ

コメントありがとうございます!

緘黙児ながら、あてられた時には発言しようと思ってた
私がいたから、唄ってしまったんだと思う。。。

それまでの授業から考えて、あたったら、皆だって唄うよね?
って思ってたから。。。

それがそうじゃなかったので、寂しかったワケです。。。

>クラスの子達は野ウサギさんが必死で唄っている瞬間に、
>野ウサギさんの心に寄り添っていたんだと思う。
>“一人ぼっちに感じたんだけど、それは本当に
>一人ぼっちじゃなかったかもしれないよ”ってことです。

なるほど・・・です。そう考えること今まで無かったです。
そう思える人間にも成長してないのかもしれませんね。。。
ただ、その場にいて感じる空気ってあるじゃないですか?
その時の空気は、やっぱり冷たかったんだ・・・。

>過去の古記事ひっぱりだしたうえに
>文章が乱暴・超長文でごめんなさい。

とんでもないですっ!!!すごく嬉しいですよ。
過去の日記も最新の日記も私にとっては大事な日記ですから、
それにコメントをつけてくださるなんて、感激です~!
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緘黙児とは、ある特定の場所で話す事が できない子供の事です。 会話能力があるのに学校などで しゃべらない。
場面緘黙症とか選択緘黙症とも言う。
原因は、内気や臆病などの性格的なものに、 唖然とするような恐怖や怯え、 劣等感などの衝撃が加わった時に 発症すると言われている。

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保育園・小・中学校と緘黙児でした。高校で克服するまでの思い出日記♪現在は主婦であり母でもあります。





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