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緘黙を過ごした場所

Category : 現在

タイトルに書きました。
ずっと行きたいと思ってたところへ行ってきました。

昔過ごした町。
小学校の周りを一周してきました。

学校の近くまで車で行き、歩きました。

緘黙だった頃、
毎日歩いた道をゆっくり歩き、
小学校が見えてきたら、
私の事を少しいじめてきた女の子の家がある。

横目で通り過ぎ、正門へ。
正門から見えた昇降口。

何年生のころだったか、
掲示係で下駄箱の上の掲示板に何かを貼ったのを覚えている。

少し歩くと渡り廊下が見えてきた。
何度何日、渡り廊下から校庭を見下ろしたんだろう。

3階建ての校舎を見上げて、
4年生のころを思い出す。

角を曲がると細い道を挟んで公園がある。

その公園にも寄ってみた。

卒業の写真をその公園の丘で撮った。
足元には雑草に混じってシロツメクサが咲いていた。

丘に登ったら校庭が見渡せた。
体育の授業をやっていた。

指令台や体育館への入口、
笑いをこらえた中庭も少しのぞけた。

足の骨にひびが入って体育ができなかった時に見学していた場所も見えた。
当日はあの日の私のように見学している子が一人いた。

校庭の遊具もあの日のまま。
大好きだった上り棒も健在だった。
今でもたくさんの生徒の体を受け止めているんだろう。

次に見えてきたのはプール。
大嫌いだったプール。
夏休みのプールは嫌で嫌で仕方なかったけど頑張って通った。

今年の活躍を待つプールはキラキラしていた。

プール



最後は裏門。
そこから見える校舎の裏に卒業時にタイムカプセルを埋めた。

成人式の時に掘り起こされたんだろうと思う。
私は別の式に出席したから分からないまま。

何か入れたと思うタイムカプセルの
私の思い出はどこへ行ったんだろう。

今となっては分からない。
すべては思い出でしかない。

小さなカメラを持って行った。

写真を数枚写した。

どうしてそんなことするのか自分でも分からない。

苦しい毎日。
通った道も今歩くとなんてことない道なのに、
あの時の私にとっては険しい道だった。

あの時空地だった場所には新しい家がぞくぞくと建っていて、
もうあの日の私を知る者は何もないように思えた。

その後、昔住んでいた家の前を通り、
通っていたそろばん塾がまだ現役で頑張っているのを見た。

中学の前も通ってみた。
少し離れた公園や図書館への道も通ってみた。

なぜだか冷静な気持ちだった。
でも悲しかった。

あの時はもうなくて、
あの時の自分はもういなくて、
苦しくても頑張っていた自分に会いたかった。

今はちゃんと暮せているから安心して、って言いたかった。
どうしても、やっぱり忘れられない。

あの時の自分が…

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テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

コメント

野ウサギさんが見た景色を自分も見てるような気持ちになりました。
昔、私も同じことをしました。『犯人は現場に戻る』のと似た心理かな。違うかっ!

巡礼に近いものがあるかなぁ。『行きたい』と同時に、それ以上に『行かなければならない』という気持ちがありました。

学校やイジメっ子の家の近くでは少しオドオドしてしまって(情けない…)、野ウサギさんのように、冷静に眺めることはできませんでした。

でも、「こんな狭い場所でアーダコーダ悩んでたのか!?」って少しビックリしたのを覚えてます。

当時は思い付かなかったけど、私も写真を撮っとけば良かったなぁ。いっぱい撮りたい。撮れば撮るほど、あの頃の自分から卒業できるかもしれないorできたらいいのに、って思います。

野ウサギさんの文章を読んで、また行きたくなりました。いつかまた行くことができたら、新たな視点であの場所を『冷静に』眺めたいです。

はるうさぎさんへ

コメントありがとうございます。

昔通っていた学校へはずっと行きたいと思っていました。
なぜでしょうか。
あの頃の自分は本当に存在していた。ということを
確認したかったのかもしれないです。
今はあの苦しみから逃れているけど、
あの時、確かに私はそこにいて苦しんでいた。
忘れてしまっている苦しみを思い出す。
逃げないで生きるためにする確認作業だったような気がします。

私もなぜかまた行きたいのです。
どうしてか癒される場所になってしまったのです。

はるうさぎさんも今度はぜひカメラ片手に出かけてくださいね。
私もまた近いうちに行こうと思っています☆

2度目ですm(_ _)m

自分と向き合うって、すごく辛いけど、本当に生きていくためには必要なことですよね。だからあの場所に行きたくなるんだなって、野ウサギさんの文章を読んで思いました。
そこには原始的な自分がいたから。そこで過ごした時が自分の原点だと思うから。

私は、あの頃の自分に憧れる(?)反面、否定的に考えてしまうことがあります。なかったことにしたい、みたいな。でも、それは『逃げ』ですね。

思い出したくない事や、よく思い出せない事もある。辛かった。でも行きたい。なんだか矛盾してるけど、野ウサギさんの言う通り、逃げずに生きてくために必要なことなんですね。

でも、新幹線じゃないと行けないくらい遠いんですよ~。そのせいか余計に行きたくなっちゃう。

なんだか長々と、まとまりのない文章でゴメンなさいm(_ _)m
でも、野ウサギさんの考え方、今の私にとってすごくタメになります。ありがとう☆

はるうさぎさんへ

コメントありがとうございます!!

緘黙の時代だったけど、貴重な子供時代ですものね。
誰でも子供の頃に戻りたいと思うように、
いくら緘黙だったからとはいえ、戻りたい気持ちは
普通と変わらないようにあるんだろうと思います。

なかったことにしたい…私もそう何度も思いました。
でもあの頃頑張っていた自分に申し訳ないような気がするのです。
あんなに頑張った自分を認めてあげないのは、
やはり逃げですよね。認めて、そして今がある。
そう思うことができないと、前に進めないような気はします。

はるうさぎさんの思い出の場所は遠いのですね。。。
気軽に行けない距離だと計画立てないと難しそうですね。
私の実家は車で1時間もかからないので、
ふと思い立ったら行けるのです。

僕も、中学の卒業式が終わって、(僕は出席しなかったんですが)何日か過ぎたある日ですが、片道20分の通学路をゆっくり歩きました。つい数ヶ月前なんですけどね(^_^;)これが最後と思いながら、景色を見ながら歩いてました。不登校から行き始めて、何度も諦めて、何度も立ち上がって、結局時間に負けて、卒業式にも出れなかった。今も戦っています。僕の夢は来年高校に通うことなんです(^_^)

HIKKAさんへ

HIKKAさん、コメントありがとうございます!

HIKKAさんも私と同じようなことをされたのですね。
気持ちは私と全然違うかもしれません。
まだ戦い続けている時に行く勇気は私にはありませんでした。

HIKKAさん、ぜひとも無理せずに、
でもできれば高校へ通えるようになるといいですね。
何がきっかけで自分が変われるかっていうのは、
新しい環境に思い切って飛び込んでみなければ分からないと思います。
いろいろイメージトレーニングはするのですが、
いざとなると楽な道を選んだりして前に進むのも大変だと思いますが、
チャンスはたくさんあると思います。
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緘黙児とは?

緘黙児とは、ある特定の場所で話す事が できない子供の事です。 会話能力があるのに学校などで しゃべらない。
場面緘黙症とか選択緘黙症とも言う。
原因は、内気や臆病などの性格的なものに、 唖然とするような恐怖や怯え、 劣等感などの衝撃が加わった時に 発症すると言われている。

プロフィール

野ウサギ。

Author:野ウサギ。
保育園・小・中学校と緘黙児でした。高校で克服するまでの思い出日記♪現在は主婦であり母でもあります。





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