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小学校3年の時。

今の時代、こんな先生は絶対にいないって
言うほどおかしい先生が担任となった。

子供の目から見てもかなりおかしかったから(苦笑)。


私は相変わらず緘黙を続けていた。

彼はそんな事はどうでもいいというような先生だった。

彼の私に対する態度は他の誰とも変わらなかった。

それが嬉しいと思った時もあった。


彼のやる事で、嫌で嫌で仕方なかった行動がある。

その事はよく覚えている。

すごく嫌だったのに覚えている。


例えばテストや宿題などを子供たちに返す時。

彼は、生徒達の前に給食台を出してきて、
それを自分の机にし、子供と同じイスに座る。

つまり目線を同じにする。

それから1人ずつ前に呼び出し、皆の前に立たせる。

自分は座ったまま。

自分は低いイスに座ったまま、横に子供を立たせると
彼の顔から肩の辺りに子供の腰がくる。

彼はその体勢で子供たちの腰に手を回す。

そしてくっと自分の方へ引き寄せながら、
テストや宿題の事を皆に話して聞かせる。

ここは良かったとか、ここをこう直せとかね。

彼の手は話しの間中離れることはなく、
皆嫌がる中で、我慢していた。

引き寄せた腕を自分の体にくっつけたり
離したり。

もちろん私にも。

私はしゃべらなかったので、
彼は余計楽しんでいたのかもしれない。

男子、女子、どちらもやっていたような気もする。

その辺りはよく覚えていない。

まあ、それ以前にクラスの友達の顔も
よく覚えてないけど。

でも、その時は自分の番が来るのがすごく嫌だった。

それから、彼は忘れ物や宿題をやっていかなかったりすると
皆の前に立たせ、ゲンコツを与えた。

一列に並ばされた子供を、
1人ずつゲンコツで叩いていく。

すごく痛くてフラフラするほどの強さだった。

忘れるのは悪いことだけど、
今、そんな事する先生はPTAが放っておかない(笑)。

こうして書いてみると、
私の記憶の中のこの担任もそれ程悪くないかも、
なんて思えてくるわ(笑)。不思議だ。

スキンシップってやつ?

ちょっと度を越してるけどさ。


いいのか悪いのか分からないが、
緘黙児には関係ない。

何をされようが、学校では黙っていなければならないから。


ある日、その担任は私の持っている
定規を皆に見せ、褒めまくった。

その定規は、10センチほどの薄っぺらな物だった。

薬局でもらったもので売っているものではない。

それを手に取り、

「これはいい!使い易そうだから、
こういうのを使いなさい。」

みたいなことを言ったと思う。

その言葉から始まった・・・イジメがね。

ある特定の1人の子が攻撃してきただけなんだけど
緘黙児の私には辛かった。

・・・・・・つづく。
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テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

私が小学2年生の時の担任のこと。

今になって思えばその女の先生は緘黙児の存在を
知らなかったのかもしれない。

私が学校でしゃべらないからと、
聾唖学校へ行くようにと両親に言ったらしい。

私の両親はもちろん、なぜそのような学校へ
行かなければならないかと抗議したらしいが、
その後の詳しい事の成り行きは知らない。

私は家庭では普通の子供だった。

いや、普通の子よりもおしゃべりだったかもしれない。

学校でしゃべらないのではなく、
しゃべりたくてもしゃべれないのだ。

そんな子供の気持ちは大人には分かるまい。

私は聾唖学校の話を聞いたときそう思った。

それからは余計に学校で心を閉ざしていたかも
知れない。

私は当時の担任が嫌いになった。

2年生の記憶はそれだけしかない。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

今日は思い出日記ではなく、
今現在を綴ってみようと思う。



たくさんの人と関わること、
それは主婦にだってある。

例えば学校行事ね。

授業参観だとか親子で楽しむ会とかさ。

そんな時は今でも、
やっぱり抵抗があるんだよね。

元緘黙だから・・・人一倍強いと思ってる。

ただの人見知り以上のものが
心の奥底に眠っていると思うんだよね。

さすがにこの歳になって、
母親集団の中に入って緘黙になんかならないし
自分なりにお母さん達との交流もしているつもり。

数年の歳月が必要となったが、
今は気軽に話しが出来る相手も見つけた。

でも、多くのあまり関わる事のない相手。
つまり顔見知り程度の相手には緊張する。

名前も誰のお母さんかも知っている。
相手も私の事を知っている。

どこにでもある世間話をしてその場をしのぐ。
誰でもやってることだよね。
私でもやってる。

でもね、そんな1日が終わり、
家に帰って来てからがダメなんだよなあ。

今日1日、私ってどうだったんだろう、
人の目にどう映ったんだろう、
どう思われたんだろう、
変な人って思われてるんじゃないか・・・・

なんて延々と考えてる。

自分の事が気になる。

皆それ程私の事なんか気にしてないだろうけど、
気になって気になって。。。

これも元緘黙であったことが
原因となっているような気がしてならない。

私が緘黙であったことなど誰も知らないのに
そうであったことを知られないように
必死になっているような気がする。



相手に調子を合わせて会話をしていると
時に、頭がフラッとする。

無理をしている自分がいる。


昔ね、緘黙してた頃はよく「おとなしい子だね」
って言われてた。

会う大人は皆、私の事をそう言った。

それが私なのに、おとなしいのが
悪いみたいに聞こえるんだよね。

今でも私の事を「おとなしい」と
言ってくる人がいる。

それをどう捉えればいいのか。

昔その言葉に傷ついていた
私の記憶が呼び覚まされる。



なんだか訳が分からなくなってきたのでこれで。。。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

私はずっと背が低かった。
もちろん今も大して大きくは無いが(笑)。

朝礼の時、体育の授業の時、とにかく並ぶ時はいつも先頭だった。

「前習え!」の時、先頭の子はどうする?
腰に手を当てるよね。

それが嫌だった。

だって列で1人だけだよ、そんな格好するの。

なんだかその格好が私だけ違う人間だって
言われてるみたいで「前習え!」の号令が
かかるたびに嫌で嫌で仕方なかった。。。

ところが同じ学年で、2人だけ私より背の低い子がいた。

でも当時は子供が多くて、クラス数も1学年8クラスくらいあって
その子と同じクラスになる確率は遥かに低い。

低学年時代に一度だけ、
私より背の低い女の子が一緒になった。

背の順で並ぶ時、私は始めて2番目になった。

心ひそかにとても嬉しかった覚えがある。

皆と同じ両手を前に差し出すことができる。

ところが、目の前にいる彼女は私に敵対心を持っていた。

なんでしゃべらないの?ってすごく
思っていたんだと思う。

私が後ろにいることも気に入らなかったようだ。

その後、彼女とは中学年でも同じクラスになる。

低学年時代の事はよく覚えていない。

だけど、中学年時代の事は少しだが
鮮明に記憶していることがある。

彼女は私をイジメてきたのだ。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

嬉しい記憶

Category : 小学校

1年生の出来事で、
大きな記憶として残っている事がある・・・。

何の用事だったかよく覚えていない。

確か、先生と一緒に検診?かな、
どこか連れて行かれて。

帰ってきた頃には、もう皆下校していた。

ランドセルを教室に置きっぱなしだった私。

用事が済んだから慌てて教室に向かった。

ところが、教室の鍵が閉まっている!

開かない・・・開かない・・・。

窓も開かない・・・。

どうしよう・・・。

静かな廊下で私は途方に暮れていた。

本当に一人ぼっちで、どうすればいいのか分からなかった。

すると、廊下を同じ一年生の男の子が歩いてくる。

私、泣いてたんだよね、たぶん。

その子、心配して声を掛けてくれた。

どんな言葉を交わしたかは分からないけど、
教室の鍵をもらいに行ってくれたのだ。

「ここで待っててよ」と言ってくれた。

そして開いた教室の扉。

その後は覚えてない。

その子にお礼を言ったのかどうかも知らない。

教室の鍵をどうしたんだろう。

私が職員室に持って行ったのかなあ。。。

とにかく、誰かが助けてくれたこと、
すごく嬉しくて覚えている。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

入学式

Category : 小学校

これまたはっきりしない記憶の中。


小学校の入学式。


あまり知っている子がいない。


母親に連れられ始めて踏み込む小学校。


真新しいランドセルを背負い、
皆ニコニコと笑顔で楽しそう。


私はすごく冷めた感情で
周りの同級生達を見ていたような覚えがある。


何がそんなに楽しいのか。。。
何がそんなに嬉しいのか。。。


私は、小学校も保育園生活の延長で、
我慢我慢の生活が始まるのかと思い、
うんざりしていたのだと思う。


嫌な子だね(笑)。


素直に喜んで無邪気にはしゃげばいいのにさ。


それが出来ない・・・というか
そんな事したいとも思わなかったなあ。


不思議な子だよ全く。


家ではすっごいおしゃべりなのに
集団の中に入ると何もしゃべらない。
皆と同じような行動ができない、
と言うかその時はしたくなかった。


皆と同じ事をしたくない、
という気持ちが強かった。


入学式は正門を入った下駄箱の辺り
までの記憶しかない。


その後、入学式がどんなだったか、
初めての教室はどんなだったか、
などは一切覚えていない。


ただ、クラスだけは覚えている。


1年2組。


先生の名前と顔も何となく覚えている。


嬉しいはずの一年生なのに、
私の小学校生活は全く感情を表す事無く始まったのだ。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

私が通っていたのは保育園。


両親共働きだったから、
いつも忙しい姿を見ては「1人でいなきゃ」と思ってた。


いつも何かを我慢していた。


保育園に通っていた間にやった発表会というのは
一つしか覚えていない。


どうして一つしか覚えていないのだろう。


でも、たぶん保育園生活最後の発表会だったと思う。


その時、私はねずみ役だった。


セリフはない。


劇で使うねずみのお面を母親が作ってくれた。


すごくカワイイお面で気に入って被っていた覚えがある。


私はその時、人前に出て何をやったのかも良く覚えていない。


でもお面が気に入って大事にしていた覚えだけはある。


当時はまだ、自分がどんな子に見られているのか
考えたりはしてなかった。


こうして書いてみると、保育園時代の記憶はさっぱりない。


楽しい思い出などもない。


遠足とかお散歩とかにも行っただろうが
全く覚えていない。


お昼寝もしたと思うが、気持ちよく寝た覚えもない。


きっと朝から、早く家に帰りたいと思って
過ごしていたんだろう。


母親のこぐ自転車の後ろに座り
温かい背中にくっついて帰る時だけを
待っていたような気がする。。。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

私が覚えている保育園生活というのは
断片的で数少ない。


パズルのピースに例えると、
手元には2、3ピースしかなくて、
探そうにもどこを探していいのか分からないって感じ。


しかも手元に残っているピースは
どこへ置けばよいのかも分からない。


今、30代なんだけど、
今のうちに形に残しておかないと
うっすらとした記憶は本当に消えてなくなりそうだ。


何とか思い出してみる。。。


それ程広くはない園庭。


その東側には物置があり、
その日陰に砂場遊びで使うプリン型に
泥を入れたものを置いておく。


数日経つとそれが固まってポコッと返すと
プリンのようになっている・・・。


なんて遊びをしていた。


それが1人ぽっちでやっていたのか、
もしかしたら誰かの後ろについて真似していたのか、
または先生に促されてやっていたのか、
さっぱり覚えていない。


保育園時代の仲良しさんってのは居なかった。
自分の記憶の中では・・・。


唯一、覚えているのは保母さんの顔。


あ、名前も。確か、自分と同じ名字だったんだ。


保育園の頃だから、自分が皆と話せないと
意識する事は無かったと思う。


意識し始めるのはやはり小学校に入ってからだった。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

緘黙児になったきっかけ。
自分の中で「たぶんこれ!」だという瞬間がある。

それは、私が3歳の頃だったのかなあ。
突然の出来事だった。

ある日、母親の自転車に乗せられ連れて行かれた保育園。

ま、母親はきっと私に「明日から保育園だよ~」
なんて言い聞かせていたんだろうと思うんだけど、
そんな記憶は全く無い。

本当に突然だった。

母親に手を引かれ大きな赤茶色の鉄で出来た門を開けて入る。

待ち受けるは当時の保母さん。

大人の会話は耳には届かず、保母さんと母親は何か話し、
そして私を置いて帰って行く。

私は何が何だか分からなくて、必死で泣き叫び、
母親を追いかけようとする。

でも保母さんが私を抱きしめるから、
母親を追いかけて行けない、行けない・・・。

こんなに私が泣いているのに、
母親はどんどん遠ざかっていく。

このまま、私はどうなってしまうんだろう。。。

その記憶が未だに鮮明に残っている。

その日、その後、自分は何をしていたのか
全く記憶はない。

どうやって家に帰ったのかも覚えていない。

その時のショックはあまりにも大き過ぎた。

今まで生きてきて、緘黙となったきっかけは
あの一瞬だったに違いないと思っている。

でも、保育園では、泣きながら母親と別れるなんて
毎日起きることだ。

実際に、我が子も保育園に通い、別れ際は
毎日のように泣いていたんだから。

ただ、それを本人がどう捉えてどう受け入れていくかが問題。

大抵の子は、母親の姿が見えなくなればケロリとして
お友達と遊び始めるでしょう。

でも私の場合は、違ったようだ。私の場合は・・・ね。

だから、世の中の泣き叫んでいるお子様を持つお母様方、
深く心配しないで下さいね。

保育園の先生が言うには、感情を表に出せる事はいい事だって。

泣きたい時には泣く。それが一番。

たまたま、私にはあてはならなかっただけなのよ。

ま、緘黙児なんて滅多に居ない子だから、
当時の先生達も困ってみたいだからね。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

緘黙児って知っていますか?
ある特定の場所に行くと、話ができない。
黙りこんでしまう・・・。

そんな子供のこと。

その昔、私は緘黙児だった。
家では普通の子供なのに、保育園や学校へ行くと話せない。
友達と普通に会話が出来ない。
そして、更に私は笑えない子でした。

今、私は1人の子を持つ母親となった。
もし、この子が緘黙児だったら・・・きっと夜も眠れないほどに
悩んで悩んで、頭がおかしくなる位に悩んでしまうでしょう。

自分がそうだったから・・・なんて軽く受け入れる事など
出来ないような気がする。

有難い事に、我が子は毎日元気に学校へ登校している。
学校の先生にもしっかりしていると言われて、心の奥ですっごくホッとしてる。

緘黙って遺伝なんかじゃないから、自分がそうだったからといって
我が子が同じ緘黙になるなんて事もない。

ただ、心の病気だよね。

何となく、昔のことは思い出したくないから、記憶があまり残ってない。
やっぱり辛い思い出って、子供ながらに忘れようとしていたのかも。

少ない記憶を辿ってここに残してみたくなった。

何より、今現在、緘黙児を抱えて悩んでいらっしゃる保護者の方への励ましに
少しでもなれれば嬉しいなと思う。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

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元緘黙児が 緘黙児の頃の気持ちを綴ります。 なかなか理解してもらえない 緘黙児の気持ちを 少しでも理解していただけたら 嬉しいのです。



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緘黙児とは?

緘黙児とは、ある特定の場所で話す事が できない子供の事です。 会話能力があるのに学校などで しゃべらない。
場面緘黙症とか選択緘黙症とも言う。
原因は、内気や臆病などの性格的なものに、 唖然とするような恐怖や怯え、 劣等感などの衝撃が加わった時に 発症すると言われている。

プロフィール

野ウサギ。

Author:野ウサギ。
保育園・小・中学校と緘黙児でした。高校で克服するまでの思い出日記♪現在は主婦であり母でもあります。





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