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夏休みに入ってからずっと更新しないでいました。


おさぼりしていたのにもかかわらず、
毎日何人もの方にご訪問いただいて本当に感謝しています。


夏休みが終わり、
緘黙児もまた辛い毎日が続いているのかと思うと、
少しばかり胸も痛みます。。。


さて、
今日は何を書こうかと思っているのですが・・・


過去の思い出ですが、
ちょっと思いだしたことがあって・・・


書こうかと・・・。


もしかしたら昔の記事に同じような内容も
あるかもしれないので、もしそれに気づいても
許してやってください(笑)。


**********


確かあれは小学5年生位だったと思います。


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テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

またまた、緘黙つながりのお友達が増えました。

『ぶぅ~ふぅ~うぅ~』のかずさんです。
どうぞよろしくお願いします。


さて、今日は小学校の頃の気持ちを書いてみます。


タイトルにも書きましたが、
緘黙児も風邪をひくことがあります。


そんな時は学校を休まないといけないのですが・・・・・・


→続きを読む

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

卒業式

Category : 小学校

小学校の卒業式。


両親にしてみたら、
学校で喋らない私が卒業するというので感慨深いものがあっただろう。

親になった今はそれが身に染みて分かる。

私が卒業式に着るスーツを
わざわざ買ってくれたりしてくれたし。

私は私で、中学校という今までとは環境の違う所へ行ける
というので、少しだけ楽しみがあった。

もしかしたら、
緘黙児の私とお別れできるかもしれないって思ってたもん。



卒業式の様子は全く覚えてない。

タイムカプセルを埋めたのをちょっと覚えてるかなあ。

でももしかしたら、それは卒業式の日ではなかったかもしれない。

いい加減な記憶だ。



小学校から中学校へ。
当たり前だけど、公立の学校だったから
周りは知ってる子ばっかりなんだよね。

でも、私は私で、卒業式が済んで春休みの間中、
考えまくっていた。

中学校では喋れるように頑張ろう。
中学校では笑えるようになろう。

毎日、入学式が来るまで考え続けていた。

自分の気持ちを高めていた。



春休みの最後の日だったか・・・

母親が私に言った。

「今までみたいにしてちゃダメだよ。」

それ以上の事は言わなかったけど、
その時、私が考えていた事を全て知っているかのような
母親の言葉にはドキッとした。



分かってるよ。
分かってる。

私だって、できればそうしたいよ。
毎日笑顔で学校へ通いたいよ。

心の中でそう叫びながら、泣いた。

1人で泣いた。静かに泣いていた。



緘黙児・・・

自分が一番変わりたいのに。
自分が一番話したいのに。

それができない。。。
本当に出来ないんだよ。

緘黙の世界から、
今すぐにでも抜け出せるものなら抜け出したいんだよ。

でもそれはできない。。。
簡単には出来ないんだよ。

心の中では思いっきり頑張ってるよ。

そう見えないかもしれないけど、
心の中はいつも自分とお喋りしてる。



当時、私はただ苦しい気持ちを抱えて泣く事しか出来なかった。

そんな風に過ごした春休みもすぐに終わり、入学式。

中学校の真新しい制服は、
それから私の気持ちを沈めるだけだった。

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ジャンル: 育児

卒業間近

Category : 小学校

小学校卒業が近づいてきた頃の話。

特に女子なのかな、こういう事するのって・・・?

サイン帳ってあったでしょう?
横開きでバインダーにカワイイ紙がついてる。

それをクラスの皆に配るんだよね。

そこには、名前や連絡先、自分の性格やら趣味、
好きな食べ物とか、とにかく自分について書く欄がたくさんあった。

私は数人からそれをもらった。

配る子は、クラス全員に配るから、
友達とか関係なく私にも配ってくれた。

私は、話す事は出来ないけど、笑う事はできないけど、
字を書くのは好きだから、
できるだけ自分をアピールするように、丁寧に心を込めて書いた。

緘黙である自分の事を書くのはちょっとキツかったけど、
なんでかな・・・・・
私という存在をこれに残す事ができれば、
嬉しい、なんて思ってたんだよね。

また、書いて渡す時もドキドキなんだけど。

声を掛けられないから、近寄るタイミングも難しかったなぁ。

後ろから近づいて、
背中をポンポンと叩いたりして渡してたんだろう・・・。

卒業間近。

皆がウキウキとサイン帳を持ち歩いてるのを見て、
私も皆と同じようにサイン帳を買ってみた。

小学校の思い出なんて
あまり残したくないんだけど、
皆が持っているサイン帳がとても可愛くて
輝いて見えてたんだよね。

さて、そこで問題が!

これをどうやって配るの?

緘黙児がクラスメート一人一人に、
一枚ずつ紙を配るのって、想像以上に大変な事だよね。

相当の勇気を出さなければできない。

で、私、どれだけ配ったんだろう?

あまり覚えてないんだけど、
全員には配れなかったと思う。

キレイなのが数枚残っていたと思う。。。

いつもそばにいてくれる友達数人と、女子数人。
しかも渡しやすそうな子だけに渡したんじゃないかな。。。

ある子に、心臓ドキドキで渡した時に言われた。

「野ウサギ。ちゃんも買ったの~?」
と言ってくれた。ちょっと嬉しかった。

私も皆と一緒の事やれるんだって少し思えた。

さて、そのサイン帳って今どこにあるんだろう。

もしかしたら、今でも部屋の奥にしまってある
ランドセルの中に眠っているのかも知れない。

出して見れるかなあ。

結婚して数年後に、
実家から持ってきた小学校の頃の思い出を詰めたランドセル。

すっぽり箱に入っているけど、
その箱を開けてランドセルを見るまでしかできない。

ランドセルを開けるのが怖いんだよね。。。

何が入ってるのか。

自分が厳選して入れた思い出の品だと思うんだけど、
まだ怖いなあ。

でも、これを機に開けてみるかもっ(汗)!?

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

分団長

Category : 小学校

確か6年生の時だったと思う。

私は分団長になった。というか、なってしまった。
(分団って通学団とか言うのかな?学校へ行く時のグループの事です。)

緘黙児が分団長だよ。出来るかよっ、ってね。

私の所属する分団には6年生が私を含めて2人しか居なくて、
たぶん前半はもう1人の子がやったから、私に回ってきたんだと思う。

やりたくない・・・、でも断る事もできない。
とにかく6年生だからやらないといけない状況となってしまった。

嫌だ・・・と思っている反面、分団旗を持つ事が出来る、
というので、私は半分嬉しかったのを覚えている。

分団旗を持っているのが、
ちょっとかっこいいって思ってたんだよね。



分団長は、毎朝、時間になったり、皆が揃った時点で、
「出発します~」とか声を出さないといけない!

それって不可能だよね。

だから私は、皆が揃ったと思っても声も出さずに、
ただ立っているだけ。

最後の1人が来ても、気がつかないフリとかしたり、
時間を過ぎても来ない子を平気で待っていたりしてた。

仕事なんてしないの(笑)。

だんだん出発時間が迫ってきて、
しびれを切らした、分団の子が私に
「もう行こうよ」と言うと、何となく皆が歩き始めてくれる。

そんなことを毎朝繰り返していた。

皆が私を鬱陶しいと思ってる。

そんな空気が充満してた。



週に1回だか、分団会ってのが学校で開かれる。

分団ごとに集まって、
日ごろの通学の様子とかを反省し合う会ね。

これも、分団長としての発言なんてしない、できない。
でも何か発言を求められれば答えていたと思うけど。

それから、分団長へのクレームの数々(苦笑)。

声を出してくれない、とか言われたかなぁ。

だからって、次の日から改善できるものでもない。



私は分団長になってから、
毎日分団の子からの厳しい視線に耐えながらも学校へ通った。

どれくらい続いたのかも覚えがない。半年位だったかなあ。

全くリーダーシップを取れない緘黙児の分団長は、
少しだけ、誇らしげにランドセルから分団旗をのぞかせて歩いていた。



【おまけ】

過去に過ごしていた時間に奥行きを感じられない。

小学校中学校の記憶は平面でしか思い出せない。

平面で起こっていた事は思い出せるけど、
その時、私はどう行動してたのか思い出せない。

人と関わりが少な過ぎたからか・・・?

普通に過ごしてきた緘黙児ではない人たちは、
一体、どれくらいの記憶があるのだろう。



大人になってから出来た友人と話をしていて、
小学校の頃の話とかになると焦る。

私には話が出来るほどの記憶がない。
いや、それ以前に、緘黙児には小学校の楽しい思い出などないが・・・。



そろそろ、小学校の修学旅行の話を書こうかと思って
思い出そうとしてみたけど、これがまた殆ど記憶に無い。

なので、書きません。。。書けません。。。

卒業式・・・これも全く覚えてません。。。

卒業式当日の朝の事は少し覚えてるけど、
式や友人との別れ・・・なんてこれっぽっちも覚えていない。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

私の通う小学校には、
私と同じような症状の男の子がいた。

彼の名字も覚えている。

いつ、彼の存在に気がついたのかは知らない。覚えてない。

気がついたら私は学校で彼の姿を見かけるたびに、
目で追っていた。

とても気になる存在だった。

彼は、誰かに声を掛けられるとわずかに微笑んだ。

そう、彼は学校で話す事は出来ないけど、笑う事が出来た。

私はそれが羨ましかったし、
不思議だけど、どうしてか負けたような気がしていた。

そして・・・不安も。

ある日、突然、
彼が緘黙児ではなくなっていたらどうしようって不安。

ある日、突然、
彼が笑顔で友達と話していたらどうしようって思ってた。

彼と話した事なんてあるわけないのに、
私は勝手に仲間意識を働かせていた。

彼がもし喋れるようになったら、
私は一体なんなんだろう・・・って子供ながらに考えていた。

でも、嬉しい事に(笑)、彼は私の知る限りずっと私と同じ緘黙児だった。

わずかに笑顔を見せるけど、話す事はしなかった。


彼は私と同じ小学校を卒業しなかった。
なぜなら、近くに出来た新しい小学校へ転校して行ったから。

その後、彼がどう生活していたのかは知らない。

が、数年後、私は彼と中学校で再会する。

その時彼は・・・。

続きは中学校の思い出話で書きますね。お楽しみに☆

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

先日見た夢の話で気分はすっかり高校時代・・・なんてね。

いやいや、まだ小学校時代の思い出話が残ってる・・・と言ってもそろそろ小学校の話も終わりに近づいて来てます。。。



小学校何年生の頃か忘れた・・・足を怪我した前後だったかなあ?

学校からの帰り、1人で帰ることがたまにあった。
なんでかな・・・。よく覚えてない。

一斉下校でない日で、友達もなく1人で帰る日。。。
ある男の子が私の後ろについて来る事があった。

名字だけは不思議と覚えている。
心の底では彼の存在を恐れていたのかもしれない。

同じクラスだったかどうかも覚えてないけど、
同じ学年の男の子だった事は確か。

その子、私の後からついて来て何をするかと思えば、いたずらよ。

私のランドセルを後ろから引っ張って、私が何か喋るかと試すの。

引っ張られた私は初めのうちは黙って抵抗していたけど、あまりにしつこいから「やめて」と小声で何度か言ってた。

すると男の子は「は?」といいながら、私の声が聞こえるくらい近づいてくる。

「もう1回言って」とかさ。。。

嫌な男の子だったなあ。

そんな事は数回繰り返されたんだよね。

私が1人で下校してる時に狙ったようについてくるの。

気持ち悪い・・・。

でも、誰にも相談できずにひたすら1人で耐えてた覚えがある。。。

自然にそのいたずらは消えていったけど、彼の意地悪な顔つきは今でも思い出せるよ。



中学時代も高校時代も、見ず知らずの人につけられた事がある。。。

黙ってついてくる人って怖いよね。

緘黙児にとって、学校へ行くために家を出るとそこからもう緘黙の世界が始まっていて、学校から帰って家の中に入るまで終わらないんだから。道中で出会う人に対しても緘黙となってしまうのは当たり前。

嫌だからって声なんて簡単に出ないんだよ・・・。出せないんだよ。。。


テーマ: 緘黙児
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足の怪我3

Category : 小学校

続き・・・・・

母親に送られて始まった初日に、
学校でどうやって過ごしていたのか全く覚えてない。

たぶん帰りも迎えに来てくれていたと思う。

ちょうど寒い時期で、
母が手袋をして自転車をこぐ姿だけが目に焼きついている。

その日、再び病院へ行ったのだろう。記憶ははっきりとない。

今度は、専門の医師がいた。

それでも、昨日と同じような話を聞いたと思う。

私のごっつい足。固定された器具と包帯は変わらなかった。
専門医ならもっとスマートにしてくれるだろうと期待していたのに。
・・・・・ダメだった。

「いいんじゃない?」この一言で終わり。

骨折するとギブスをつけてもらうでしょう?

あれよりも厚みがあってとにかくボリュームがすごかったから
何とかして欲しかったんだけど、何ともならなかった。。。

そのまま、温シップを貼りかえたのかな・・・。

とにかく、足はそのままで松葉杖だけを貸してもらった。

これで移動は楽になった。

慣れない松葉杖だったが、片足ケンケンよりマシ。

次の日から、私は松葉杖を抱えて母親の自転車の後ろに座った。

私が松葉杖を持っていくと、
何人かの興味を持ったクラスメートが「貸して貸して」と寄ってきた。

勝手に遊んでくださいと思った。

私自身より、松葉杖に興味を持っていかれてホッとしていた。

松葉杖はあれど、片足だから、当時おトイレとかどうしてたんだろう。

昔だから当然和式のトイレだしさ、
個室ですごく無理な格好してたんだろうね(笑)。

体育はずっと見学していた。苦手だったから、嬉しかった。
日当たりのいい場所に座って見学する時間は暖かかった。


私はこんな怪我をしてまでも、学校へ通わなければならない。
私の過ごす世界は家と学校だけだ。休む事も出来ない。

毎朝、母親に送迎される私は寒い朝、
母の背中の温もりを感じながら思っていた。

教室から去っていく母親を見送ると泣けてくる日もあった。

怪我をしていなかった日々よりも、寂しい気持ちが続いた。



定期的に通っていた外科病院でも、私は緘黙児となっていた。

医師に何か聞かれても答えられなかった。
そして、笑う事も出来なかった。

そんな私に医師も何か感じていたのだろう。

足の具合も良くなり、最終のレントゲンを撮って
「もう大丈夫ですよ。歩けるよ」と言われた時、
私はウンともスンとも言わず、
さらに笑いもせずにただ座っているだけだった。

その時、
「嬉しくないの?笑ってもいいんだよ。
最後くらい笑ってくれるかと思ったけど・・・。」と医師は言った。

笑いたくても笑えない、嬉しい気持ちを表に出せない緘黙児なんだよ。

足の怪我をしたことで、医師に突っ込まれた一言は、
胸にズキンときてショックだった。

最後の最後にとどめの一言を食らわされて終わった足の怪我だった。。。





【おまけ】

実は、私は学校以外のある場所でも緘黙児になっていた。
それは母親の実家だ。

母親は兄弟が多く、盆暮れに必ず一族が集まる。
私も、小学校の頃は毎回一緒に行っていた。

「行きたくない」と言うと、
「年に数回くらい顔を見せに行きなさい」と叱られていた。

学校に行かなくてもいい日に、緘黙になるのが嫌だった。

私と同じ年頃のいとこ達がたくさん来る。

もちろんしゃべらない、笑わない。
だから、馴染めない。一緒に遊べない。溶け込めない。
1人でポツンと隅っこで座っている子だった。

でも、なぜか不思議と普段の私で居られる時もあった。

普通に話し、普通に遊んで帰って来る時もあったのだ。

楽しい思い出を残して、帰ってきても、今度会うのは半年先とか
だから、その時はまた緘黙になってしまったりする。

そんなの自分でも嫌だったなあ。
心の中に違う人間が住んでいるみたいでさ・・・。

今回はこっち、次回はあっちなんて。


そうそう、緘黙児だった時に、
「二重人格だ~!」って言われた事があったの。

私が学校では一言もしゃべらないのに、
家ではペラペラしゃべるんだってよ~!なんて噂が飛び交った時ね。

二重人格という言葉を聞いた小学生の私は、
本当にそうなのかって思ってたよ。

それ以来、子供ながらに二重人格なのかも、
なんて思ってたけど、どうも違うらしいという結論になっていた。
自分の性格のせいだと思ってずっと生きてきた。

そして、2005年。
自分は場面緘黙症だったんだと判明。

今はとてもスッキリした気持ちになれました。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

足の怪我2

Category : 小学校

続き・・・・・・・・・・・・・


病院でレントゲンを撮ったあと、父親と一緒に医者から話を聞いた。

よく分からないレントゲン写真を見せられて、
この部分にひびが入ってますとペン先で示す医者。

その病院は外科以外にも診療科目があって、
私を診てくれた医者は
「私は専門じゃないので、応急処置をしておきます。また明日来てください。」と言った。

医者は、針金が中にはいったスポンジみたいな
ごっつい大きな物体を持ってきて、私の足の形にあわせた。
それから看護婦さんに固定の仕方を教えるとどこかへ消えていった。

看護婦さんに先ほどのごっつい物体と私の足を一体にされて
包帯でぐるぐる巻きにされた。

すごい状況だ。悲惨な足となってしまった。見た目がシンプルじゃない。
こんな格好をして歩いたら必ず人の視線が私の足に集中するに違いない。

出来上がった包帯グルグルの足を
満足そうに眺める看護婦さんを見ながらそう思っていた。

この格好で学校へ行くと注目の的になってしまう。

どうしよう・・・。すごく怖かった。一人で悩んだ。

その日、私は松葉杖を貸してもらえなかった記憶がある。

・・・うん、たぶん貸してもらってない。

ずっと片足ケンケンの状態だったような記憶がある。

担当の医者がいなかったからかどうか分からないけど、
それはそれで注目の的になる材料が増えてしまったような気がして
たまらなく不安だったと覚えている。

明日の学校、どうしよう・・・って思ってた。

その日から包帯グルグルの私の記憶は
また途切れ途切れとなっている。

ブチブチと切れた記憶を何とかつなぎ合わせてみる。



次の日、私はその格好で学校へ行っている。

母親の自転車による送り迎えが始まったのだ。

包帯グルグルで大きくなってしまった足を抱えて学校へ行った。

嫌だった。
でも嫌だからといって学校を休みたいと母親には言えなかった。
自分でも、休んでしまったら今度はいつから通うの?って思ってた。

治るまで家に居るって言うの?
そんなことしたら、2度と学校へは行けなくなっちゃうよ?
1度でも休んだら、次の日の皆の視線が怖いでしょう?
情けない格好になってしまっても、頑張って行った方がいいよ!

という結論に達していた。

初日、松葉杖もない状態で私は教室の階段を母親と上った。
片足ケンケンで手すりに掴まりながらだったと思う。

母親は教室まで来て、私が席に座るのを見届けると帰っていく。

今までとは違う私の変化にクラスメートも多少驚いたようだった。

仲良くしてくれる友達は「どうしたの?」と心配してくれた。

はっきりと覚えていないけど、
教室移動の時とかも手伝ってくれたような気がする。

それより、私は教室まで送ってくれる母親の存在が
一日中心の中に残っていて辛かった。

一緒に連れて帰って欲しい、
足が治るまで毎日そう願うようになっていた。

・・・・・・続く。

テーマ: 緘黙児
ジャンル: 育児

足の怪我

Category : 小学校

何年生の頃だったかすっかり忘れてる・・・
はっきりしないけど、たぶん小学校5年生くらいかな。。。


緘黙児だった私にも一応いつもそばにいてくれる友人が
出来たという事は以前の日記にも書きましたよね。

友人達は放課になれば外に出て遊ぶのに私も誘ってくれていた。

それはそれは嬉しい事だった。

具体的に何をして遊んでいたのかよく覚えていない。
鉄棒とか、登り棒とかしてたのかな・・・。
他にも遊んだと思うけど、覚えてない。本当に覚えてないなぁ。



生徒達は始業のチャイムが鳴るまで外にいるから、
チャイムが鳴ると皆一斉に下駄箱へ走り出す。

私たちもチャイムがなるまで遊んでいた。
もちろん皆と一緒に走り出す。

ところがその日だけはちょっと違った。

5人くらいで馬とびをしながら下駄箱へ向かっていた。

私の言う馬とびってのは、自分が馬になって、
人が飛んだら自分も次の人の馬を飛ぶっての。

だから順繰りに飛んでいくと少しずつ進むんだよね。

チャイムも鳴っていて時間もないから急いでやってたの。

私も飛ぶのに必死。

チャイムが鳴り終わる頃にも玄関からまだ遠く
そのうち飛ぶのを止めて皆で走り出した。

私はその馬とびを最後に飛んだとき、
足をくじいたような・・・・・気がした。

飛んで着地する時に、
足首をぐきっとひねったような・・・・・気がしていた。

皆と玄関に向かって走り出した時、少し痛みを感じていた。

何とか教室に辿りついた。

自分の席に座りホッとしていた。

それから授業が始まり、何となく足が痛み出した。

たぶん午前中の放課だったと思う。

それから詳細には覚えていないけど、
私は給食の頃までその痛みを我慢していた。

誰にも「痛い」と言えなかった。

でも給食の時間に、その痛みを我慢出来なくなった。

冷や汗が出るほど痛くなってきたからだ。

これは普通の痛みじゃないって子供ながらに思ったんだね。

私は意を決して、給食を食べている先生の所へ行き、「足が痛い」と訴えた。

それから保健室へ行ったと思う。

包帯を巻いてもらったのかな・・・。

すぐに帰ったのか、そのまま学校で過ごしたのかも覚えてない。

その後の記憶は病院だ。
父親と一緒に整形外科へ行った。

レントゲンを撮った結果、
足の外側の骨(何という骨か分からない・・・笑)にひびが入っていた。

どんな事にも我慢してきたけど、
この痛みはどうしても我慢できなかった。

通りで痛いはずだよね。ひび入ってるんだから。

でもそれから約1ヶ月間、
私はとても辛い日々を送ることになってしまった。。。


・・・・・・・・・・・続く。

テーマ: 緘黙児
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緘黙児とは?

緘黙児とは、ある特定の場所で話す事が できない子供の事です。 会話能力があるのに学校などで しゃべらない。
場面緘黙症とか選択緘黙症とも言う。
原因は、内気や臆病などの性格的なものに、 唖然とするような恐怖や怯え、 劣等感などの衝撃が加わった時に 発症すると言われている。

プロフィール

野ウサギ。

Author:野ウサギ。
保育園・小・中学校と緘黙児でした。高校で克服するまでの思い出日記♪現在は主婦であり母でもあります。





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