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元緘黙児が震えながらにやったこと〜続き〜

前回の続きを書きます。


友人の結婚式にてスピーチをすることになった私。

バクバクする心臓を抱えてマイクスタンドの前に立ちました。

たくさんの視線を感じる中、
私は新郎新婦の方を向き、手紙を読み始めました。

手紙は家で何度も何度も読み返していました。
それでも大勢の前で話すことには極度に緊張しました。

手紙を持つ手が震えました。
無理に作っていた笑顔はきっと引きつっていたと思います。

話す声もマイクを通して少し震えました。

でもなんとか読み終え、その手紙を新婦さんに渡しに行き、
大した失敗もなく、無事、大役を終えることができました。

自分がどうだったか、不安でした。
隣には、一緒に招かれた友人が座っていました。

終わって、腰かける時に、何か言ってたけど、
緊張していた流れで、全く覚えていませんでした。

披露宴も終わり、やっと新婦である友人と話せる時が来ました。

開口一番、彼女は「ばっちりだったよ!」と言ってくれました。

その時は本当にホッとしました。
もしかしたら極度に緊張していたあまりに、
彼女に恥をかかすような失態を演じるかもしれなかったのですから。

という感じでこの話は終わりです。

当時は、緘黙という言葉を知らなかったんです。
だから今よりも強かったかもしれませんね。

今はすぐ緘黙に逃げてしまうところがあるんですよ、実は。
どうせ…とかやっぱり…とか思ってしまうのです。

でも、どれだけ辛抱をしてきたかと考えると、
逆に勇気もわいてきたりします。

なんだか、最近はそういう気持ちで行ったり来たりしてる感じです。


また思い出話があったらUPします。

テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

元緘黙児が震えながらにやったこと


詩の更新の休憩にちょっと思ったこと書きます。


久しぶりに過去の日記を読み返していたら、
思わず顔が赤くなりました(笑)

何書いてたんだ!?なんて思うような記事もありました。
恥ずかしながら…でも書きます!!

この日記も、数年後に読んだら、
何を書いてるんだか…と思うことでしょう。



で、過去の日記をすべてチェックした訳じゃないので、
もしかしたら同じ事を書いてる記事があるかもしれません。

でもあまり書いた記憶がないので、ちょっと書いてみます。

元緘黙児にとってはかなり思い切って挑戦した話です。
これは約6年位前の話です。


私は高校時代に緘黙を克服して、部活も楽しく過ごしていました。
とにかく高校時代は楽しい思い出しか残っていません。
(詳しくは高校時代の日記をご覧くださいませ)

そして親友とも呼べる友達ができました。
部活が一緒で、家も近くてという子です。

私が結婚してから数年後に、彼女から結婚しますという話を聞きました。
そしてその時、私は彼女に友人代表でスピーチして欲しいと頼まれたのです。

彼女は私が緘黙だったことをまるで知らない子です。

依頼された時は嬉しかったです。
彼女とは社会人になってからは数回しか会ったことなかったし、
当時、携帯電話で簡単なメールのやり取りをたまにしていただけでしたから。

大切な友達だし、断るわけにもいかず、私はOKしました。

引き受けたものの、さてどうしようどうしようと焦りました。
マイク片手に、私が流暢にスピーチできるはずがありません。
なので私は彼女に手紙を書くことにしました。
それなら見ながら読んでもおかしくないですから。

内容はそれなりに考えました。
たぶん時間にして2〜3分の内容だったと思います。

式当日!

彼女の綺麗な姿を見ながらも、もうすぐ私の番…と思い、心臓も飛び出そうでした。

他にも彼女の友人数人招かれていましたが、
その中で私を選んでくれたことがとにかく嬉しかったです。

それはさておき、さあ、本番!

ついに名前を呼ばれ、マイクの前に!!!

私はかすかに震える手で封筒の中から手紙を取り出し読み始めました。

ちょっと長くなったので続きにします。






テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

詩*道*

〜道〜

毎日同じ道を歩く
まぶしいくらいの太陽に汗かいても
雨が降って靴の中が濡れてきても

毎日同じ道を歩く
向かうところは同じ
無表情な僕の気持ちをぶら下げて

逃げ出したい

行くところは学校しかない
生きていく場所は学校しかない

夕焼けを見ながら
何度も繰り返し歩いた道を思い出していた


同じ所に立っている
目の前に同じ道が続いている

僕の気持ちはあの時とは違うんだ

今は、どこにだって行ける
今はもう、どこにだって走って行ける

by野ウサギ。

*この作品の著作権は全て野ウサギ。に帰属します。作者に無断で転載、公開などは禁止します。使用したい場合は、野ウサギ。宛にコメント等でご相談下さい*


*

この詩は、小学校の頃を思い出して作りました。

とにかく学校へ通う道のりが憂鬱でした。
重いランドセルと背負って通学団で歩くのが嫌でした。
帰りもなんか嫌でした。
もうすぐ家だ!ってなると走って帰っていましたねぇ。

そして母親の所へ行き、しゃべって笑って、騒いでいました。

テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

詩*しゃべれない緘黙の気持ち*


しゃべれない
〜緘黙(かんもく)の気持ち〜




どうして人は
しゃべるんだろう・・・


どうして人は
笑うんだろう・・・


教室のみんなは
あたりまえのようにやっていることが
ぼくにはできないんだ。


とっても不思議で
とっても不安。


がんばって
話をしようと思っても


がんばって
笑おうと思っても


ぼくの体は
思うようには動かない。


毎日毎日
学校へ行く時間になると
さみしくなるんだ。


だって
ぼくは家にいると
自然にしゃべれるし
自然に笑えるから。


でも学校へ行くと
しゃべれなくて
笑えないんだ。


わざとそうしているんじゃない。
自然に体がそうなってしまうんだ。


ぼくはみんなの事が嫌いだから
しゃべらないんじゃない。
笑わないんじゃない。


それだけは分かって欲しい。


本当はみんなと一緒に
しゃべりたくて
笑いたくて
仕方ないんだ。


毎日不思議で
毎日寂しいんだ。


教室には
優しくしてくれる友達もいる。


その優しさに
涙が出そうになる時もある。


その嬉しい気持ちを伝えたいけど
しゃべれないんだ。


その優しい気持ちを受け止めたいけど
笑えないんだ。


ゴメンね、友達。
ゴメンね、友達。


ぼくはいつも心の中でそう思ってる。
心の中では大声で感謝している。


だから
ぼくのこと分かって欲しい。


声を出してしゃべれなくても
顔をクシャクシャにして笑えなくても


みんなと一緒にしゃべってるってこと。
みんなと一緒に笑ってるってこと。
そして
みんなと一緒に生きているってこと。


By野ウサギ。
*この作品の著作権は全て野ウサギ。に帰属します。作者に無断で転載、公開などは禁止します。使用したい場合は、野ウサギ。宛にコメント等でご相談下さい*



*


この詩はこのブログで最初に書いた緘黙の詩です。

↓のページに載せています。
緘黙児の気持ちを詩にしました



緘黙について詩に書いてみようと思ったのはその時でした。
それからいくつか書いているので順番にUPします。

また新作も載せますのでお楽しみに(されてるかな?)!!

テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

詩について


以前書いていた詩を詩専用のブログサイトに引っ越ししたのですが、
諸事情により、そのブログサイトを閉じました。

なので、今このブログから私の詩を読む事が出来なくなっていたことに
気が付きました。
(もし詩を探されている方がいらしたら、申し訳ありません)

なので、過去に載せていた詩、
もちろんこれから書いて行く詩を改めてこのブログに載せて行きたいと思っています。

私の書いている詩に共感してくださる方、
中には涙が出てしまって…とおっしゃる方までいらして、
とても嬉しく思っています。

これからも少しづつ書いて行こうと思ってますので
どうぞよろしくお願いします。


テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

最近の事

久しぶりの更新です。
テンプレートも変えてみました。


最近、何かうまくいかないことがあると、
緘黙だったから…と思ってしまう自分がいます。

このブログを書き始めたころ、
過去の自分をちゃんと受け止めて、
もう緘黙だった自分とはお別れしたいと思っていました。

それは私の性格のせいでなく、
緘黙というちゃんとした症状が私をしゃべれなくしていたのだと分かったからです。

分かって逆に前向きになれたのです。
すごく前向きで自分に自信を持っていました。

ところが今、どうでしょう。

なんでもかんでも元緘黙だからと逃げてる自分がいます。
自信もなにも無くなりました。

あの頃の前向きな気持ちはどこへ行ってしまったんだろう。

鬱っぽい日もあります。

やはり完治することはないのでしょうか。
いつでもあの頃の不安を抱えたままです。

不安になり出すとさらに不安になるし、
内にこもることになります。

今はできるだけ外に向けて何かをしようと努力してます。
秋には、今の自分を笑えることができるようになっていたいと思ってます。

できるかどうかは分からないけれど…。

テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

緘黙を過ごした場所

タイトルに書きました。
ずっと行きたいと思ってたところへ行ってきました。

昔過ごした町。
小学校の周りを一周してきました。

学校の近くまで車で行き、歩きました。

緘黙だった頃、
毎日歩いた道をゆっくり歩き、
小学校が見えてきたら、
私の事を少しいじめてきた女の子の家がある。

横目で通り過ぎ、正門へ。
正門から見えた昇降口。

何年生のころだったか、
掲示係で下駄箱の上の掲示板に何かを貼ったのを覚えている。

少し歩くと渡り廊下が見えてきた。
何度何日、渡り廊下から校庭を見下ろしたんだろう。

3階建ての校舎を見上げて、
4年生のころを思い出す。

角を曲がると細い道を挟んで公園がある。

その公園にも寄ってみた。

卒業の写真をその公園の丘で撮った。
足元には雑草に混じってシロツメクサが咲いていた。

丘に登ったら校庭が見渡せた。
体育の授業をやっていた。

指令台や体育館への入口、
笑いをこらえた中庭も少しのぞけた。

足の骨にひびが入って体育ができなかった時に見学していた場所も見えた。
当日はあの日の私のように見学している子が一人いた。

校庭の遊具もあの日のまま。
大好きだった上り棒も健在だった。
今でもたくさんの生徒の体を受け止めているんだろう。

次に見えてきたのはプール。
大嫌いだったプール。
夏休みのプールは嫌で嫌で仕方なかったけど頑張って通った。

今年の活躍を待つプールはキラキラしていた。

プール



最後は裏門。
そこから見える校舎の裏に卒業時にタイムカプセルを埋めた。

成人式の時に掘り起こされたんだろうと思う。
私は別の式に出席したから分からないまま。

何か入れたと思うタイムカプセルの
私の思い出はどこへ行ったんだろう。

今となっては分からない。
すべては思い出でしかない。

小さなカメラを持って行った。

写真を数枚写した。

どうしてそんなことするのか自分でも分からない。

苦しい毎日。
通った道も今歩くとなんてことない道なのに、
あの時の私にとっては険しい道だった。

あの時空地だった場所には新しい家がぞくぞくと建っていて、
もうあの日の私を知る者は何もないように思えた。

その後、昔住んでいた家の前を通り、
通っていたそろばん塾がまだ現役で頑張っているのを見た。

中学の前も通ってみた。
少し離れた公園や図書館への道も通ってみた。

なぜだか冷静な気持ちだった。
でも悲しかった。

あの時はもうなくて、
あの時の自分はもういなくて、
苦しくても頑張っていた自分に会いたかった。

今はちゃんと暮せているから安心して、って言いたかった。
どうしても、やっぱり忘れられない。

あの時の自分が…

テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

投票

またまたお久しぶりの更新となりました。
久しぶりついでに新しい投票を作ってみました。

ぜひ緘黙だった方、現在も緘黙の方、
投票いただきたいと思っております。

私自身、よく感じることなのですが、
緘黙は治ったと思っていても、
日常生活の中でふと緘黙だったと
思い出すような瞬間があります。

それはほんの一瞬の時もあれば、
どうも苦手な状況に陥り、
なぜか言葉少なく、笑顔も少なくなってしまう時もあります。

しかしそれは、昔のようにまったくの無言、無表情とまではならず、
ただ少し話し辛い、笑顔が作りにくい、という軽いものです。

あくまでも私の場合です。

そんな時にふと「緘黙だったからなあ…」と思ったりするのです。

自分の性格というよりも緘黙だったからと思うことで、
私は救われる時が多いです。

なにしろ「緘黙」という言葉を知らない時代は、
すべて自分の性格のせいにしていましたから。

「緘黙症」のお陰で少し楽になれるのです。







テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

休日

今日は久しぶりに何の予定もない休日です。

パートで働いているのですが、
休みといっても何かしら予定が入ってて、
丸一日何もすることがない!って日が珍しいのです。

一日何もせずに過ごすのもいいのですが、
そうすると夜になって、今日は何もしなかったなあ…と
自分が嫌になったりするのです。

だからと言って、
これをやろう!!ってやりたいこともないのですが(笑)

せいぜい掃除して、
撮りためてある映画やドラマを観る位でしょうか。

まあそんな時間を過ごすのも、
何もしないよりはいいか…と思ったりします。

何を書いてるのか分からなくなってきましたが。

月曜日。
もう2月も最終週です。早いです。

子供たちは浮かない顔をして月曜日の朝を迎えました。
私も仕事が休みだけど、月曜日はやっぱり気分が沈みがちです。

なんでしょうか、こういう気持ちというのは、
緘黙とは関係なく誰にでもあるんでしょうけど、
どうしても私はそれを緘黙だったから弱いんだな…と思ってしまう傾向にあります。

あれだけ辛抱してきた生活を忘れてしまっています。
毎日の生活に緘黙の頃の辛抱強さを忘れています。

どれだけ我慢していたことか。

学校へ行くだけでもつらくて、
放課を過ごすこともつらくて、
しゃべれない自分に腹が立ち、
笑えない自分が大嫌いだった。

親や友達に、どうして?と聞かれても
自分でも分からないその現象に何も答えられなかった。

当時は(特に小学生のころ)私なんて一生しゃべれないまま生きて行くんだ、
って思っていました。しゃべれなくても生きていけるって証明してやる!
とか思ってしまう日もありました(笑)。

自分がしてた緘黙を自分で受け入れていました。
誰も理解してくれなかったから。

1人でいいんだ。。。って思ってました。

今思うと、本当に強い子だったな。
その強さを今は忘れてます。

弱いです。何でもすぐに諦めるし。逃げてます。
誰からも逃げる必要ないのに…

もう一度あの頃の自分を思い出して、
元気をもらおうと思います。

一番勇気をもらえるのは過去の私なんですね。


テーマ : 緘黙児
ジャンル : 育児

2009年

もうすでに2009年も10日を過ぎてしまいました。
今年初めての緘黙日記を今日やっと書いています。

学校の新学期も始まりました。

子供たちの登下校の声が聞こえると、
緘黙だった昔を思い出したりします。

給食のない土曜日は少し嬉しかったり、
しゃべれなくてもなんとなく学校へ行くのが楽しみな日があったり、
どうしても行きたくない日があっても親には何も言わずに学校へ行ったり。

毎日の学校生活は、
精神的にとても辛いものでした。

毎日自分の気持ちを隠して、
頑張って学校へ通っている緘黙児たちを
このブログから応援しています。

今年も緘黙について皆さんとともに考えて行くブログにしたいと思っています。

どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

テーマ : 緘黙児
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ご訪問ありがとう♪
元緘黙児が 緘黙児の頃の気持ちを綴ります。 なかなか理解してもらえない 緘黙児の気持ちを 少しでも理解していただけたら 嬉しいのです。



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緘黙の輪
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緘黙児とは?

緘黙児とは、ある特定の場所で話す事が できない子供の事です。 会話能力があるのに学校などで しゃべらない。
場面緘黙症とか選択緘黙症とも言う。
原因は、内気や臆病などの性格的なものに、 唖然とするような恐怖や怯え、 劣等感などの衝撃が加わった時に 発症すると言われている。

プロフィール

Author:野ウサギ。
保育園・小・中学校と緘黙児でした。高校で克服するまでの思い出日記♪現在は主婦であり母でもあります。





mini掲示板
足跡だけでも嬉しいのです♪

最近の記事
場面緘黙症に役立つブログ
場面緘黙症について詳しい記載のあるオススメのブログです。

ほんとうは暖かい光が好き〜 
緘黙との闘い
(弥生桜さん)

場面緘黙症Journal(富重さん)
コメントありがとう☆
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